奥武山 袋中寺
島民の教化と福祉に貢献 沖縄・袋中寺(たいちゅうじ)

 もともと沖縄の地は、慶長8年、浄土宗の僧である袋中良定上人が他宗に先んじて島民の教化にあたったことから、念仏信仰は今も島に生きている。
 袋中上人(1552-1639)は、江戸時代の名僧。慶長8年に教えを求めて、中国(明)に渡ろうとしたが、豊臣秀吉の朝鮮征伐の影響で日本船の入国がかなわず、琉球(沖縄)に上陸。念仏の教えを国王尚寧(しょうねい)や家臣の儀間真常(ぎましんじょう)らに伝えたところ、深い帰依をうけ、念仏の教えが琉球にひろまった。
 昭和12年、檀王法林寺(袋中上人が再興した寺院・京都市)の住職・信ケ原良哉が、袋中上人顕彰のために那覇市に創建したのが「檀王別院袋中寺」。戦前、袋中寺をはじめ2カ所の寺院があったが、それが太平洋戦争で焼失し、沖縄に浄土宗寺院は無くなった。
 昭和47年、沖縄が返還されたのを機会に、当時の檀王法林寺住職・信ケ原良文師らの働きで、浄土宗沖縄開教の計画がたてられ、寺院建設が浄土宗の総力をあげて着手された。昭和49年、まず那覇市の小禄に土地を求め、翌50年に建設されたのがこの袋中寺である。
 小禄の地は、昔から小禄浄土と呼ぱれていて、古い伝統をもつこの島独特の念仏者の系譜が伝わるところである。慶長8年の袋中良定上人の教化のあとが残っている。
 この島の開教は、元来島独自の信仰のかたちが残っているので、浄土宗という教団の布教に対しては、なかなかなじみがたく、信心まで高めるのには今もなお苦労がいる。この袋中寺の初代開教使は、遠藤修雄師である。東北地方出身のねばり強さが支えとなって、今日では浄土宗の寺としての信望を高めている。また師の配偶者も沖縄の人であり、なにかと地域の人たちとのつながりも深い。
 袋中寺は、150余坪の敷地いっぱいに本堂・庫裡(くり)、位牌堂が建てられ、はみ出るぽどの大きさである。昭和60年には、戦前・戦中に同地で布教活動をしていた小池晃成師(現滋賀県草津市覚善寺住職)の寄進による梵鐘と、現地の檀信徒の寄付による鐘楼堂が落慶。
 また、近くの糸満市には福祉法人袋中園が開設されて、開教とともに福祉の面からも地域の人々に貢献している。
(高橋良和記浄土宗新聞昭和57年7月号・浄土宗新聞昭和60年7月号より)
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奥武山 寧王院 袋中寺
住所: 〒901-0152 沖縄県那覇市字小禄692番地
TEL: 098-857-4984 FAX: 098-857-5998
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